五月病の正体
五月病というのは、私流にいうと、それまで目的を追い続けることに疑問を持たずに人生を送って来た人が、初めて「目的を達成することの空しさ」を体感することによって招き入れてしまう、抑うつ状態ということになると思います。
考えてみると、これはなかなか厄介な病です。「大学に入ること」や「就職すること」を目的に生きてきた人が、長い努力の末にその目標に到達した瞬間、長い長い、目的の見えづらい人生の道に立たされる。自分があれほど努力して得たものは何だったのか、という空虚さに囚われてしまう。
そして、その空虚さを埋めようと、ある人は「一生懸命勉強を頑張ろう」とするし、ある人は「資格を取ろう」とする。「とにかく出世してやる」とがむしゃらに仕事に全力を傾けようとする人もいるでしょう。
しかし、よくよく考えてみると、それもまた「目的を追いかけ続ける人生」にほかなりません。目的を追いかけ続ける人生に絶望した人が、その空虚さを埋めるために新たな目的を追いかける。そのことの滑稽さに気づいた瞬間、人は人間存在というものが抱えている、根本的な空虚さに打ちのめされてしまう。僕はこれこそが、五月病の本質だと思うのです。
身体を動かせ!
目的を追いかけ続ける人生に、どこかでいったん終止符を打って、少し異なる次元に立たない限り、僕たちは五月病とは無縁でいられません。
お金儲けや恋愛、あるいは名誉。何であれ「目的」や「目標」あるいは「結果」を追いかけ続ける限り、僕らは例外なく「五月病」予備軍です。もちろん、目的を追い続ける限りは力強く人生を歩むことができるでしょう。目的を達成することの空虚さに気づいてしまった瞬間、それまでの人生がいかに空虚なものであったかということを思い知らされてしまうことになります。
ではどうしたらいいのか。目的や目標を追い求める人生から抜け出す鍵は、以前『驚く力』という本でも述べたように「いま、ここ」に向き合うということ。そして、そのために必要なことは、「身体」に向き合うということです。
というのも、身体というのは、目的意識に支配された僕たちにとって、常に(いい意味でも、悪い意味でも)予測を裏切り続ける存在だからです。
スポーツや武道、あるいは茶道や能といった、身体を使った芸事に取り組んだことがある人であれば、僕たちの身体には、僕たちの想像をはるかに超えた可能性が眠っていることを知っています。
一方で、病や身体のかたさや弱さ、あるいは故障といったものは、僕たちの身体は有限であり、決して僕たちの思い通りにはならない、ということをわかりやすく教えてくれます。
身体と向き合う日々を重ねていれば、身体はだんだんと、僕らの問いかけに答えてくれるようになります。そして、身体が教えてくれるのは、僕らの身体を含めた世界が、「原因があり、結果がある」という一方向的な因果関係だけで出来上がっているわけではない、ということなのです。
あなたの毎日は、一見同じことの繰り返しに見えるかもしれません。しかし本当は、同じことは決して起きていません。一回性こそが世界の真実です。だとすれば、人生の本質とはその一回性の「今、ここ」を、いかに充実して生きるか、ということ以外にはありません。
目的を追いかけ続ける人生は、未来の目的や結果のために「今、ここ」を犠牲にしてしまうことになるでしょう。あなたが本当の意味で充実した人生を送るために必要なことは、かけがえのないあなたの身体を動かし、「今、ここ」に向き合うことなのです。
一日一回、15分以上のまとまった時間、必ず身体を動かす習慣を身につけてください。たったそれだけのことでも、2か月、3か月と続けていくうちに、心の中から「どうせ」という言葉が消えていきます。身体を動かし、「今、ここ」に向き合い続けること。それこそが、五月病から脱するカギなのです。
好評発売中!
驚く力―さえない毎日から抜け出す64のヒント
現代人が失ってきた「驚く力」を取り戻すことによって、私たちは、自分の中に秘められた力、さらには世界の可能性に気づくことができる。それは一瞬で人生を変えてしまうかもしれない。
自分と世界との関係を根底からとらえ直し、さえない毎日から抜け出すヒントを与えてくれる、精神科医・名越康文の実践心理学!
amazonで購入する
名越康文メールマガジン「生きるための対話」
テレビ、ラジオなど各種メディアで活躍する精神科医・名越康文の公式メルマガです。メルマガ購読者とのQ&A、公開カウンセリング、時評、レビューなど盛りだくさんの内容を隔週でお届けします。
「ぼくらが生きているのは、答えのない時代です。でも、それはもしかすると、幸福なことなのかもしれません。なぜなら、答えのない問いについて対話し続け ることではじめて開ける世界があるからです。皆さんと一緒に、このメルマガをそんな場にしていきたいと思っています」(名越康文)
※月2回発行、500円+税(月額)。kindleや各種電子書籍リーダー対応。購読開始から1か月無料! まずはお試しから。
※kindle、epub版同時配信対応!
その他の記事
なぜ今、「データジャーナリズム」なのか?――オープンデータ時代におけるジャーナリズムの役割(津田大介) | |
苦手を克服する(岩崎夏海) | |
「反日デモ」はメディアでどう報じられ、伝わったか(津田大介) | |
フィンランド国民がベーシック・インカムに肯定的でない本当の理由(高城剛) | |
「自己表現」は「表現」ではない(岩崎夏海) | |
マイナス50キロを実現するためのホップ・ステップ・ジャンプ(本田雅一) | |
年の瀬に「私の人生はこのままでいいのか?」と思ったら読む話(名越康文) | |
実は「スマート」だった携帯電話は、なぜ滅びたのか ーー10年前、初代iPhoneに不感症だった日本市場のその後(本田雅一) | |
ネットリテラシー教育最前線(小寺信良) | |
マジックキングダムが夢から目覚めるとき(高城剛) | |
弛緩の自民党総裁選、低迷の衆議院選挙見込み(やまもといちろう) | |
夏休みの工作、いよいよ完結(小寺信良) | |
50歳食いしん坊大酒飲みでも成功できるダイエット —— “筋肉を増やすトレーニング”と“身体を引き締めるトレーニング”の違い(本田雅一) | |
まだ春には遠いニュージーランドでスマホ開発の終焉とドローンのこれからを考える(高城剛) | |
縮む地方と「奴隷労働」の実態(やまもといちろう) |